親が認知症になったら、実家を売却できなくなる?子どもが代わりに売ることはできる?
不動産売却に必要な判断能力と、成年後見制度・家族信託の注意点を解説します
「母が施設に入所することになりました。誰も住まなくなる実家を売却して、施設の費用に充てたいと思っています」
「でも、母は認知症が進んでいて、契約の内容を理解できるか心配です」
「子どもの私が代わりに売却することはできないのでしょうか?」
高齢の親が施設に入所したり、介護が必要になったりしたことをきっかけに、実家の売却を検討するご家庭があります。
しかし、親が認知症になっている場合には、不動産の売却を進められないことがあります。
ここで重要なのは、認知症という診断名だけで、直ちに不動産を売却できなくなるわけではないという点です。
売買契約の内容や結果を理解し、自分の意思で判断できるかどうかが問題になります。
今回は、親が認知症になった場合の不動産売却について、成年後見制度や家族信託との関係も含めて解説します。
1.認知症になったら、不動産は売却できない?
認知症と診断されたからといって、必ず不動産を売却できなくなるわけではありません。
重要なのは、売却する時点で、本人に契約に必要な意思能力があるかどうかです。
例えば、次のような内容を理解できるかが問題になります。
- 自分が所有している不動産を売却すること
- 売却すると、その不動産の所有権を失うこと
- 売却代金として、どの程度のお金を受け取るのか
- 売却することによって、自分の生活にどのような影響があるのか
認知症の症状や進行の程度は人によって異なります。
そのため、認知症という診断だけで一律に判断するのではなく、具体的な取引内容について本人が理解し、意思を形成できるかを確認する必要があります。
一方、契約の意味や結果を理解できない状態で行った法律行為は、民法第3条の2により無効となります。
不動産売却では、売主本人の意思確認が極めて重要です。
2.子どもが親の代わりに契約すればよい?
「親のために売るのだから、子どもが代わりに契約しても問題ないのでは?」
と思われるかもしれません。
しかし、親子であっても、子どもが当然に親の代理人になれるわけではありません。
親の不動産を売却するには、原則として、所有者である親本人の意思に基づく契約が必要です。
代理人による契約も可能ですが、本人から有効な代理権を与えられていることが前提になります。
例えば、親が売却の内容を理解したうえで、子どもに代理権を与える場合です。
一方、親が既に売却の意味を理解できない状態であれば、その時点で新たに有効な委任を行うことは困難です。
また、以前に委任状を作成していた場合でも、その委任状があるだけで、どのような売却でも問題なく進められるわけではありません。
親子関係や委任状の存在だけで、本人の意思確認に代えられるわけではないのです。
3.実印と印鑑証明書があれば売却できる?
不動産の売却では、実印や印鑑証明書が必要になることがあります。
しかし、これらがそろっているからといって、本人の意思確認が不要になるわけではありません。
例えば、子どもが親の実印、印鑑証明書、権利証を預かっている場合です。
それだけで親の不動産を自由に売却できるわけではありません。
不動産の所有権移転登記に関わる司法書士は、本人確認や登記申請意思の確認などを行います。
本人が売却の意味を理解できない場合には、必要な意思確認ができず、登記手続を進められないことがあります。
実印や権利証は重要な書類ですが、本人の判断能力を証明するものではありません。
4.判断能力が不十分な場合は、成年後見制度を検討する
親が不動産売却の内容を理解できない状態になっている場合には、成年後見制度の利用を検討することがあります。
成年後見制度は、判断能力が不十分な方の権利や財産を保護するための制度です。
例えば、認知症によって判断能力を欠く常況にある方については、家庭裁判所が成年後見人を選任する場合があります。
成年後見人は、本人の利益のために必要な財産管理や法律行為を行います。
ただし、成年後見人が選任されれば、どのような不動産でも自由に売却できるわけではありません。
売却の必要性、本人の生活状況、今後の居住予定などを踏まえて判断する必要があります。
また、後見人に選ばれるのは、必ずしも子どもなどの親族とは限りません。
家庭裁判所が、本人の状況などを考慮して適任者を選任します。
5.成年後見人が実家を売却する場合、裁判所の許可は必要?
ここで重要なのが、売却する不動産が本人の居住用不動産に当たるかどうかです。
民法第859条の3では、成年後見人が成年被後見人に代わって、その居住の用に供する建物や敷地について売却などを行う場合には、家庭裁判所の許可が必要とされています。
例えば、本人が長年暮らしていた実家を売却する場合です。
既に施設に入所している場合でも、実家が居住用不動産に該当する可能性があります。
そのため、
「施設に入ったから、もう居住用不動産ではない」
と単純に判断することはできません。
一方、本人が所有する賃貸用不動産など、居住用不動産に該当しない物件については、この条文に基づく許可が不要となる場合があります。
ただし、その場合でも、成年後見人は本人の利益のために適切に財産管理を行う必要があります。
成年後見人による売却では、居住用不動産かどうかの判断が重要になります。
6.介護費用が必要なら、必ず売却できる?
「施設の費用を支払うためだから、裁判所も必ず許可してくれるはず」
と考える方もいるかもしれません。
しかし、介護費用が必要であるという事情だけで、当然に売却が認められるわけではありません。
家庭裁判所は、本人の利益や生活状況などを踏まえて判断します。
例えば、次のような事情が検討されます。
- 本人が今後、その家に戻る可能性があるか
- 売却しなければ介護費用を確保できないのか
- 売却価格や契約条件が適切か
- 売却代金が本人のために使用されるか
- 本人の意向や生活環境に配慮されているか
成年後見制度は、家族の都合を実現するための制度ではなく、本人を保護するための制度です。
そのため、家族にとって合理的に思える売却であっても、本人の利益という観点から慎重に検討されます。
7.売却代金は、子どもが管理してもよい?
成年後見人が本人の不動産を売却した場合、売却代金は原則として本人の財産です。
例えば、母親名義の実家を2,000万円で売却した場合です。
その2,000万円は、母親の介護費用や生活費など、本人のために管理・使用されるべき財産です。
子どもが、
「将来、相続する予定だから」
という理由で、売却代金を自分の預金口座に移して自由に使えるわけではありません。
また、成年後見人には、財産管理について家庭裁判所への報告などが求められる場合があります。
売却代金の管理方法についても、適切な対応が必要です。
8.成年後見制度を使わずに売却する方法はある?
本人に売却に必要な意思能力がある場合には、成年後見制度を利用せずに、本人自身が売却することも考えられます。
例えば、認知症の診断を受けていても、売却する不動産や価格、売却後の生活などについて十分に理解し、自分の意思で判断できる場合です。
ただし、意思能力の有無は、具体的な契約の内容や本人の状態に応じて慎重に判断する必要があります。
また、判断能力が不十分であっても、その程度によっては保佐や補助の制度が問題となる場合があります。
成年後見制度には、後見・保佐・補助という類型があり、それぞれ代理権や同意権などの仕組みが異なります。
「認知症だから必ず成年後見」「認知症でも家族が代わりに契約できる」という単純な二択ではありません。
9.家族信託を使えば、認知症になっても売却できる?
将来の認知症に備える方法の一つとして、家族信託が紹介されることがあります。
例えば、親が元気なうちに、実家を信託財産とし、子どもを受託者とする信託契約を結ぶ方法です。
信託契約の内容によっては、親の判断能力が低下した後でも、受託者である子どもが信託財産の管理や売却を行える仕組みを設けることができます。
ただし、家族信託は、親の判断能力が低下してから自由に設定できる制度ではありません。
信託契約を有効に締結するには、契約時点で本人に必要な意思能力があることが前提です。
また、信託財産にできるものや、信託契約の内容、税務上の取扱いなども慎重に検討する必要があります。
家族信託は、認知症になってからの解決策というより、判断能力が十分にあるうちに検討する備えの一つです。
10.実家を売却する前に、家族で確認したいこと
親の実家を売却する可能性がある場合には、早い段階で次の点を確認しておくとよいでしょう。
① 実家の所有者は誰か
登記事項証明書で、所有者や共有者を確認します。
② 親本人は、売却についてどう考えているか
本人の意向を尊重し、売却の必要性を話し合います。
③ 親の判断能力に不安はないか
契約内容を理解できる状態かどうかを慎重に確認します。
④ 売却代金は何に使うのか
介護費用、施設費用、今後の生活費など、使途を整理します。
⑤ 成年後見制度が必要になる可能性はあるか
必要な場合には、家庭裁判所への申立てを検討します。
⑥ 将来に備える方法はないか
本人の判断能力が十分にあるうちに、任意後見や家族信託などを検討することも考えられます。
不動産の売却は、親の生活や財産に大きく関わる問題です。
家族だけで判断せず、必要に応じて専門家に相談することをおすすめします。
まとめ
親が認知症になった場合でも、直ちに実家を売却できなくなるわけではありません。
重要なのは、本人が売却の意味や結果を理解し、自分の意思で判断できるかどうかです。
本人に必要な意思能力があれば、本人による売却を検討できます。
一方、意思能力がない場合には、子どもが親族という理由だけで代わりに売却することはできません。
その場合には、成年後見制度などの利用を検討することがあります。
また、成年後見人が本人の居住用不動産を売却する場合には、原則として家庭裁判所の許可が必要です。
そして、将来の認知症に備えるのであれば、本人の判断能力が十分にあるうちに、任意後見や家族信託などを検討する方法もあります。
実家の売却で大切なのは、家族の都合だけでなく、所有者である親本人の意思と利益を尊重することです。
大志法務事務所では、成年後見制度に関するご相談、家庭裁判所への申立書類の作成、不動産の売却に伴う登記手続などに対応しています。
「親が認知症になり、実家の売却を検討している」
「施設費用を確保するため、親の不動産を売却したい」
「将来の認知症に備えて、今のうちにできることを知りたい」
という場合には、まず現在の状況を整理するところからご相談ください。
参考情報
※制度内容は2026年10月14日時点の公表情報に基づいています。具体的な売却の可否や必要な手続は、本人の判断能力、不動産の利用状況、成年後見制度の利用状況などによって異なります。
