取締役を辞任したのに、登記簿から名前が消えない?
後任が決まるまで残る「権利義務取締役」とは

「取締役を辞任することになり、会社へ辞任届を提出した」

「もう会社の経営には関わらないつもりなのに、登記簿には自分の名前が残っている」

「辞任登記をしてもらおうとしたら、先に後任を決める必要があると言われた」

取締役が会社へ辞任届を提出すれば、通常は辞任によって退任します。

しかし、その取締役が辞任することで、法律や定款で必要とされる取締役の人数を満たさなくなる場合は、すぐに取締役としての責任から離れられるとは限りません。

後任の取締役が就任するまで、退任した取締役が引き続き取締役としての権利と義務を持つことがあります。

これが、一般に**「権利義務取締役」**と呼ばれる状態です。

今回は、取締役が辞任したのに登記簿から名前が消えない理由と、会社が行うべき対応についてご説明します。

取締役は原則として辞任できます

取締役と会社との関係には、民法の委任に関する規定が適用されます。

そのため、取締役は原則として、自分の意思によって辞任できます。

会社から辞任の承認を受けなければ辞任できない、というものではありません。

通常は、取締役が会社へ辞任届を提出し、その辞任の意思表示が会社へ到達することで辞任の効力が生じます。

会社は、辞任した取締役について、原則として本店所在地で2週間以内に役員変更登記を申請します。

ただし、取締役が辞任した結果、会社法または定款で定められた取締役の人数を下回る場合には、特別な扱いになります。

必要な取締役の人数は会社によって違います

株式会社に必要な取締役の人数は、会社の機関設計や定款の内容によって異なります。

取締役会を設置していない株式会社では、原則として取締役一人でも構いません。

一方、取締役会設置会社には、原則として3人以上の取締役が必要です。

また、会社法上は一人で足りる会社でも、定款に、

「当会社の取締役は3名以上とする」

「取締役は2名以上とする」

などと定めていることがあります。

この場合は、定款で定めた人数も確認しなければなりません。

例えば、定款で「取締役2名以上」と定めている会社で、取締役が2名しかいないとします。

そのうち1名が辞任すると、取締役は1名となり、定款で必要とされる人数を欠くことになります。

このようなときに問題となるのが、権利義務取締役です。

辞任しても取締役の権利義務が残ることがあります

会社法第346条第1項は、取締役が任期満了や辞任によって退任した場合でも、取締役の人数が法律または定款で定められた人数を欠くときは、新しい取締役が就任するまで、引き続き取締役としての権利と義務を持つと定めています。

先ほどの例で、取締役2名のうち1名が辞任したものの、定款で「取締役2名以上」と定められている場合、後任が就任するまで辞任した取締役が権利義務取締役となる可能性があります。

辞任届を出したこと自体がなかったことになるわけではありません。

辞任によって退任するものの、会社に必要な取締役が不足するため、後任者が就任するまで取締役としての権利義務を引き続き負うという仕組みです。

会社の役員が誰もいなくなり、会社の業務や意思決定ができなくなる事態を防ぐための制度です。

「名前が残るだけ」ではありません

権利義務取締役になると、単に登記簿へ名前が残るだけではありません。

後任の取締役が就任するまで、取締役としての職務を行い、会社に対する責任も負います。

「辞任届を出したから、会社のことはもう一切関係ない」

「登記簿に名前が残っているだけで、実際の責任はない」

というわけではありません。

取締役として会社のために職務を行う義務があり、職務を怠って会社に損害を与えた場合には、責任を問われる可能性があります。

会社との関係を終わらせるつもりで辞任した人にとっては、予想外の状態になりかねません。

そのため、辞任する本人だけでなく、会社側も後任者の選任を速やかに進める必要があります。

辞任登記だけを先に申請できないことがあります

権利義務取締役となる場合、その取締役について辞任による退任登記だけを先に申請することは、原則としてできません。

辞任登記をしてしまうと、登記簿上も必要な取締役の人数を欠く状態になるからです。

一般には、後任の取締役を選任し、その人が就任した後に、旧取締役の退任登記と新取締役の就任登記を併せて申請します。

このため、辞任した本人が会社へ、

「早く登記簿から自分の名前を消してほしい」

と求めても、会社が後任者を選ばなければ手続が進まない場合があります。

辞任を予定しているときは、辞任届を提出する前に、現在の取締役数、定款の人数規定、後任者の選任予定を確認しておくことが重要です。

任期満了の場合にも同じ問題が起こります

権利義務取締役になる可能性があるのは、辞任した場合だけではありません。

取締役の任期が満了した場合にも、退任によって必要人数を欠くのであれば、後任者が就任するまで権利義務を持ち続けることがあります。

例えば、取締役が一人しかいない会社で、その取締役の任期が満了したものの、株主総会で後任者を選任していなかった場合です。

「任期が終わったので、取締役は誰もいない」

という状態にするのではなく、後任が就任するまで従前の取締役が権利義務取締役として残ります。

ただし、任期満了後も権利義務取締役がいるからといって、役員変更登記を放置してよいわけではありません。

会社は株主総会を開き、速やかに後任者を選任する必要があります。

解任や死亡の場合は権利義務取締役になりません

ここは重要な注意点です。

会社法第346条第1項によって権利義務が残るのは、原則として任期満了または辞任によって退任した場合です。

取締役が株主総会で解任された場合や、取締役が死亡した場合などは、その人が権利義務取締役として残るわけではありません。

死亡した人が引き続き取締役の職務を行うことはできません。

また、解任された人を会社の役員として残し続けることも、解任の趣旨に反します。

したがって、取締役の人数が不足した理由が、

・辞任
・任期満了
・死亡
・解任
・欠格事由への該当

のどれであるかによって、会社の対応が変わります。

単に「取締役が一人減った」というだけで判断せず、退任原因を確認する必要があります。

代表取締役にも似た仕組みがあります

取締役だけでなく、代表取締役についても、必要な代表取締役が欠ける場合に権利義務が残ることがあります。

会社法第351条は、代表取締役が任期満了または辞任によって退任した場合、後任の代表取締役が就任するまで、引き続き代表取締役としての権利義務を持つことがあると定めています。

例えば、一人しかいない代表取締役が辞任し、後任の代表取締役が選ばれていない場合です。

この場合、取締役としての地位だけでなく、会社を代表して契約を締結する権限などについても確認が必要になります。

「代表取締役の辞任届を出したので、翌日から会社を代表する権限は一切ない」

とは限りません。

取締役としての退任と、代表取締役としての退任を分けて確認する必要があります。

後任者はどのように選ぶ?

後任取締役の選任方法は、会社の機関設計や定款によって異なります。

一般的な株式会社では、取締役は株主総会の決議によって選任します。

後任者が株主総会で選任され、本人が就任を承諾すると、その人が取締役へ就任します。

その後、旧取締役の退任と新取締役の就任について役員変更登記を申請します。

代表取締役については、取締役会設置会社かどうかなどによって、株主総会、取締役会、取締役の互選など、選定方法が異なります。

辞任する役員が代表取締役も兼ねている場合は、取締役の後任だけでなく、誰を代表取締役として選定するかも整理しなければなりません。

定款の人数規定を変更する方法もあります

会社法上は取締役一人で足りる会社であっても、定款で「取締役2名以上」などと定めているために、権利義務取締役が生じることがあります。

今後も複数の取締役を置く予定がないのであれば、株主総会で定款を変更し、取締役の人数規定を見直す方法も考えられます。

ただし、定款変更をすれば、どのような場合でも直ちに権利義務状態を解消できるとは限りません。

会社の機関設計、現在の役員構成、辞任の時期、株主総会決議の内容などを確認した上で手続を組み立てる必要があります。

単に登記を通すためだけでなく、今後の会社運営に適した役員構成になっているかも検討することが大切です。

会社が後任を選んでくれないときは?

辞任した取締役が権利義務取締役となったにもかかわらず、会社がいつまでも後任者を選任しないことがあります。

会社法には、必要があると認められる場合に、裁判所が利害関係人の申立てによって、一時的に取締役の職務を行う者を選任する制度があります。

ただし、裁判所への申立てが必要となるため、通常の後任取締役の選任よりも手続が複雑になります。

まずは会社に対して、株主総会を開催して後任者を選任するよう求め、会社の株主構成や定款、現在の経営状況を確認することになります。

会社と辞任者との関係が悪化している場合には、辞任届を提出する時期や証拠の残し方も重要です。

辞任届を出す前に「人数」を確認しましょう

取締役を辞任するときは、辞任届の作成だけでなく、次の点を確認しておく必要があります。

・現在の取締役は何人いるか
・取締役会設置会社か
・定款に取締役の最低人数が定められているか
・辞任すると必要人数を下回らないか
・後任者を選任する予定があるか
・代表取締役も同時に辞任するのか
・後任者を誰が、どの機関で選ぶのか
・役員変更登記をいつ申請するのか

特に、家族経営の会社や取締役が一人または二人の会社では、一人の辞任が会社運営に大きな影響を与えます。

辞任届を提出した後で権利義務取締役になることを知るよりも、辞任前に定款と登記簿を確認しておく方が安全です。

「辞任届を出したから終わり」とは限りません

取締役の辞任は、本人が辞任の意思を会社へ伝えれば、それだけですべての手続が終わるとは限りません。

辞任によって必要な取締役の人数を欠く場合は、後任者が就任するまで取締役としての権利義務が残ることがあります。

会社側も、

「本人から辞任届を受け取ったので、会社とはもう関係がない」

として放置してはいけません。

後任取締役の選任、代表取締役の選定、定款の見直し、役員変更登記など、必要な手続を確認する必要があります。

大志法務事務所では、取締役の辞任、任期満了、後任役員の選任、定款変更、役員変更登記についてご相談を承っています。

「辞任したのに登記簿から名前が消えない」

「後任を選ばなければ辞任できないと言われた」

「取締役が一人になってしまう」

といった場合は、会社の定款と登記記録を確認し、どのような手続が必要になるかを整理することをおすすめします。

参考情報

e-Gov法令検索
会社法(平成17年法律第86号)

法務省
商業・法人登記

法務局
商業・法人登記の申請手続

法務省
株式会社の役員変更登記に関する情報

※法令・制度の内容は、2026年9月22日時点の情報に基づいています。