親が亡くなったら、銀行預金は遺産分割まで引き出せない?
急ぎのお金に備える「相続預金の払戻し制度」
「父が亡くなり、葬儀の支払いが近づいている」
「父の収入で暮らしていた母の、当面の生活費が必要」
「でも、兄弟とはまだ遺産の分け方を話し合えていない」
こんなとき、亡くなった方の預金を使えるのか、不安になる方もいると思います。
預金が遺産分割の対象になる場合、相続人の一人が銀行へ行けば、希望する額を自由に引き出せるわけではありません。一方で、遺産分割が終わるまで、必ず一円も払い戻せないわけでもありません。
一定の範囲で、各相続人が単独で払戻しを受けられる制度があります。今回は、この**「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」**を説明します。
預金の手続で困るのは、話し合いが終わる前
相続が始まると、不動産や預貯金などを誰が取得するか、相続人で話し合うことがあります。
しかし、遺産分割協議には時間がかかることもあります。財産を調べている途中だったり、相続人が遠方に住んでいたり、分け方について意見がまとまらなかったりするためです。
その間にも、生活費や葬儀費用など、支払いを待てないお金が必要になる場合があります。
そこで設けられたのが、遺産分割前でも、一定額の相続預金について払戻しを受けられる制度です。
家庭裁判所を通さず、相続人一人で請求できる場合があります
この制度の一つは、家庭裁判所の判断を経ずに、相続人が金融機関へ直接請求する方法です。
遺産分割協議書がまだできていなくても、預金が制度の対象で、必要書類などがそろえば、相続人一人で一定額の払戻しを請求できます。
ここで大切なのは、「一人で請求できる」と「口座のお金を全部引き出せる」は違うという点です。
払戻しを受けられる額には計算上の限度があり、同じ金融機関から受けられる額にも上限があります。
引き出せる金額は、どう計算する?
家庭裁判所の判断を経ずに単独で払い戻せる額は、基本的に次の式で計算します。
相続開始時の預貯金額 × 3分の1 × 払戻しを求める相続人の法定相続分
計算は口座ごとに行います。定期預金については、明細ごとに計算します。
例えば、父が亡くなり、相続人が母と子ども二人の場合を考えてみましょう。父名義の一つの普通預金口座に、相続開始時点で600万円あったとします。
母の法定相続分は2分の1なので、この口座について母が単独で請求できる額は、
600万円 × 3分の1 × 2分の1 = 100万円
です。
子ども一人の法定相続分は4分の1なので、その子が単独で請求できる額は、
600万円 × 3分の1 × 4分の1 = 50万円
となります。
ただし、実際に払い戻せるかどうかは、預金の状況や提出書類なども含めて金融機関が確認します。計算で出た額を、窓口ですぐ受け取れるという意味ではありません。
「150万円まで」には、もう一つの意味があります
この制度について、「相続人は150万円まで引き出せる」と聞いたことがあるかもしれません。
しかし、誰でも必ず150万円を引き出せるわけではありません。
先ほどの例では、母がその口座について請求できる額は100万円、子ども一人は50万円です。「150万円まで」という数字だけを見て、計算上の額を超えて請求することはできません。
一方、亡くなった方が同じ銀行に複数の口座を持っていて、口座ごとの計算額を合計すると150万円を超える場合もあります。この場合、同一の金融機関からの払戻しは、一人の相続人につき合計150万円が上限です。
同じ銀行の支店が違っていても、別々に150万円ずつ請求できるわけではありません。
請求するには、相続関係を示す書類が必要です
「相続人一人で請求できる」といっても、本人確認だけで払戻しを受けられるわけではありません。
一般に、亡くなった方の出生から死亡までの連続した戸籍、相続人全員の戸籍、払戻しを希望する方の印鑑証明書などを準備します。
金融機関は、それらの資料を確認して、誰が相続人なのか、請求する方の法定相続分はいくらなのかを確かめます。
必要な書類や手続の進め方は金融機関によって異なる場合があります。請求を考えたら、まず取引先の金融機関へ、制度を利用したいことと必要書類を確認しましょう。
また、書類を提出してから払戻しまでには、確認のため時間がかかります。支払期限が迫っている場合ほど、早めに相談することが大切です。
払い戻したお金は、後の遺産分割でどうなる?
この制度を利用して受け取ったお金は、「先にもらった分を数えなくてよい」というものではありません。
払戻しを受けた相続人が取得したものとして、後の遺産分割で調整されます。
例えば、母が父の預金から100万円の払戻しを受けた場合、残った財産だけを見て、母がまだ何も受け取っていないものとして分けるわけではありません。
払戻しの額、日付、使用した目的が分かる資料を保管し、ほかの相続人にも経緯を説明できるようにしておくと、その後の話し合いを進めやすくなります。
特に葬儀費用などへ充てる場合は、領収書や振込記録も残しておきましょう。なお、費用を誰が最終的に負担するかは、この払戻し制度だけで自動的に決まるものではありません。
遺言書がある場合や、相続放棄を考えている場合は?
遺言書がある場合は、その預金が遺産分割の対象となるかどうかによって、手続の扱いが変わることがあります。
「遺言書はあるけれど、とりあえず払戻し制度を使おう」と判断せず、遺言書の内容を金融機関へ示して確認してください。
また、亡くなった方に借金があり、相続放棄を考えている場合には、預金の払戻しを急がないでください。 遺産を引き出して使った場合、相続放棄の可否に影響するおそれがあります。財産と負債を確認し、払戻しをする前に相談することが大切です。
必要額が制度の上限を超える場合は?
生活費などのために、先ほどの計算額や金融機関ごとの上限を超える資金が必要になる場合もあります。
そのような場合には、家庭裁判所の判断を受けて預貯金の仮払いを求める、別の制度があります。ただし、家庭裁判所に申し立てれば必ず希望額を受け取れるわけではありません。払戻しが必要な事情や、ほかの相続人の利益への影響などが判断されます。
まずは必要な金額と支払時期を整理し、金融機関へ直接請求する方法で対応できるかを確認しましょう。
「預金があるのに使えない」と困る前に
相続手続では、不動産の名義変更や遺産分割協議に目が向きがちです。しかし、亡くなった方の預金で当面の支払いを予定していた家族にとっては、払戻しの時期も切実な問題です。
預金の残高だけでなく、どの金融機関のどの口座にあるのか、支払いはいつ必要なのか、遺言書や負債はあるのかを確認しておきましょう。
大志法務事務所では、相続人の調査、戸籍などの収集、預貯金を含む遺産の整理や相続手続についてご相談を承っています。
「遺産分割が終わっていないけれど、当面のお金が必要」
「自分が請求できる金額を知りたい」
「相続放棄を考えていて、預金に手を付けてよいか迷っている」
という場合は、状況を整理してから手続を進めましょう。相続人間で争いがある場合などには、内容に応じて弁護士への相談をご案内します。
参考情報
2026年9月24日時点の制度を基に記載しています。
