相続人が海外に住んでいたら、遺産分割協議はできない?
印鑑証明書が取れない場合の「署名証明」と、相続登記に必要な書類を解説します
「父が亡くなり、実家の相続登記をすることになりました」
「相続人は母と子ども3人ですが、長女はアメリカに住んでいます」
「長女は日本の印鑑証明書を取得できません。どうすればよいのでしょうか?」
最近では、仕事や結婚などで海外に生活の拠点を移している方も珍しくありません。
相続人の一人が海外に住んでいる場合でも、遺産分割協議や相続登記を進めることはできます。
ただし、日本国内に住んでいる相続人とは、用意する書類や署名の方法が異なることがあります。
今回は、海外に住んでいる日本人が相続人となる場合を中心に、遺産分割協議書、署名証明、在留証明などについて整理します。
1.海外に住んでいても相続人であることに変わりはありません
例えば、父Aが亡くなり、相続人が次の4人だったとします。
- 妻B:愛知県在住
- 長男C:東京都在住
- 長女D:アメリカ在住
- 次男E:大阪府在住
父Aが所有していた実家を長男Cが相続することになった場合、遺言書などによる別の取扱いがなければ、相続人全員で遺産分割協議を行う必要があります。
このとき、長女Dがアメリカに住んでいるからといって、遺産分割協議から除外できるわけではありません。
海外に住んでいることと、相続人としての権利を持っていることは別の問題です。
日本国内に住んでいる相続人だけで遺産分割協議書を作成しても、必要な相続人が参加していなければ、有効な遺産分割協議とはなりません。
2.遺産分割協議のために日本へ帰国する必要はある?
「海外に住んでいる相続人がいると、全員が日本に集まらなければならないのでしょうか?」
必ずしもその必要はありません。
遺産分割協議は、相続人全員が同じ場所に集まって行わなければならないものではありません。
電話やオンライン会議、メールなどで協議内容を確認し、全員が合意した内容を遺産分割協議書にまとめることもできます。
例えば、
- 日本にいる相続人が遺産分割の内容を相談する
- 海外在住の相続人にも内容を説明して合意を得る
- 遺産分割協議書を作成する
- 海外在住の相続人が必要な署名証明を取得する
- 完成した書類を日本へ送付する
という方法が考えられます。
ただし、全員が内容を理解し、実際に合意していることが前提です。
海外にいるからといって、本人の意思確認を省略してよいわけではありません。
3.海外在住の相続人は、なぜ印鑑証明書を取得できないの?
日本で遺産分割協議書を作成するときには、通常、相続人が実印を押印し、印鑑証明書を添付します。
しかし、海外へ転出して日本の住民登録を抹消すると、通常は印鑑登録も抹消されます。
そのため、海外に生活の本拠があり、日本に住民登録のない方は、日本の市区町村で印鑑証明書を取得できません。
そこで問題になるのが、
「印鑑証明書の代わりに、何を提出すればよいのか」
ということです。
法務省は、外国に居住しているため印鑑証明書を取得できない場合、日本の領事が作成した署名証明を代わりの書面として添付することが認められると案内しています。
4.印鑑証明書の代わりになる「署名証明」とは?
署名証明は、海外に住む日本人が、日本国内での手続に使用するために取得できる証明書です。
日本大使館や総領事館などの在外公館で発給されます。
外務省によると、署名証明は、申請者の署名が確かに領事の面前で行われたことを証明するものです。
日本国内では、実印と印鑑証明書を使って本人の意思を確認する場面があります。
海外在住の日本人については、その代わりに署名証明を利用することができます。
つまり、
日本国内に住んでいる相続人
→ 遺産分割協議書に実印を押印し、印鑑証明書を添付
海外在住で日本の印鑑証明書を取得できない相続人
→ 遺産分割協議書への署名と、署名証明を利用
という違いがあります。
ただし、署名証明の取得方法や提出書類の形式については、事前に確認しておく必要があります。
5.署名証明には2つの形式があります
外務省が案内している署名証明には、主に2つの形式があります。
形式1:貼付型(綴り合わせ型)
署名する書類と、在外公館が発行する証明書を綴り合わせて証明する方式です。
例えば、遺産分割協議書を持参し、領事の面前で署名して、その書類に署名証明を付けてもらう方法です。
形式2:単独型
申請者の署名そのものを、独立した証明書として証明する方式です。
どちらの形式を利用するかは、提出先で必要とされる書類によって異なります。
相続登記で使用する場合には、遺産分割協議書を作成する司法書士に、あらかじめ必要な形式を確認しておくことが重要です。
現地の大使館へ行ってから、
「この形式では登記に使えない」
ということにならないようにしたいところです。
6.遺産分割協議書には、先に署名してはいけません
署名証明を取得するときに、特に注意したいことがあります。
それは、在外公館へ行く前に、遺産分割協議書へ署名しないことです。
外務省は、署名証明について、領事の面前で署名する必要があると案内しています。
例えば、形式1の署名証明を取得する場合には、
日本から遺産分割協議書を送付
↓
海外在住の相続人が書類を受け取る
↓
署名せずに在外公館へ持参
↓
領事の面前で署名
↓
署名証明を取得
↓
日本へ返送
という流れが基本になります。
事前に署名してしまった場合、領事の面前で改めて署名し直す必要が生じることがあります。
「書類が届いたら、すぐにサインして返送してください」と案内してしまわないことが大切です。
7.署名証明は郵送だけで取得できる?
海外に住んでいる方から、
「大使館が遠いので、郵送だけで済ませられませんか?」
と聞かれることがあります。
しかし、署名証明は、領事の面前で本人が署名したことを証明する制度です。
外務省は、署名証明について、本人が在外公館へ出向いて申請する必要があり、代理申請や郵便申請はできないと案内しています。
そのため、居住地から大使館や総領事館まで距離がある場合には、移動や予約の調整が必要になることがあります。
また、在外公館によっては事前予約が必要です。
書類を送る前に、居住地を管轄する在外公館の案内を確認しておくとよいでしょう。
なお、署名証明以外の証明ではオンライン申請などに対応しているものもありますが、すべての証明がオンラインだけで完結するわけではありません。
8.「在留証明」は署名証明と何が違う?
海外在住者の相続登記では、「署名証明」とは別に「在留証明」という書類が必要になる場合があります。
この二つは、証明する内容が異なります。
署名証明
→ 本人が署名したことを証明するもの
在留証明
→ 海外のどこに住所があるかを証明するもの
例えば、海外在住の長女Dが遺産分割協議に参加するだけで、実家は日本在住の長男Cが取得する場合、長女Dについては、遺産分割協議書の署名を証明する書類が問題になります。
一方、海外在住の長女D自身が不動産を相続し、登記名義人になる場合には、登記する住所を証明する書類も必要です。
その住所証明として、在留証明が利用されることがあります。
つまり、
署名を証明する書類
と
住所を証明する書類
を区別して考える必要があります。
海外在住の相続人全員について、必ず両方の証明書が必要になるわけではありません。
9.在留証明を取得する場合に必要なものは?
在留証明は、海外に住んでいる日本人の住所を、居住地を管轄する日本の在外公館が証明するものです。
外務省は、主な発給条件として、
- 日本国籍を有していること
- 現地に原則として3か月以上滞在していること、または今後3か月以上の滞在が見込まれること
- 原則として日本に住民登録がないこと
などを案内しています。
また、申請に際しては、
- 日本の旅券など本人確認書類
- 現地の住所を確認できる書類
- 滞在期間を確認できる書類
などが必要になります。
必要書類や申請方法は在外公館によって異なる場合があります。
在留証明については、一定の条件を満たす場合、オンライン申請などを利用できることもあります。
ただし、取得した証明書をどのような形で日本の登記手続に利用できるかは、事前に確認しておくことが重要です。
10.海外在住の相続人が外国籍の場合は?
ここまで説明したのは、主に日本国籍を持ったまま海外に住んでいる方のケースです。
では、海外在住の相続人が外国籍の場合はどうなるのでしょうか。
例えば、
「日本人だった長女が外国籍を取得し、日本国籍を失っている」
という場合です。
日本国籍を失っていても、当然に相続人でなくなるわけではありません。
ただし、日本の在外公館が発給する署名証明や在留証明については、原則として日本国籍を有する方を対象としています。
そのため、外国籍の相続人については、現地の公証人が作成した署名証明や、現地の公的機関が発行する住所証明書などを検討することになります。
必要な書類は、国籍、居住国、書類の発行機関、登記の内容によって異なります。
外国語で作成された書類については、日本語訳が必要になることもあります。
海外在住の日本人と、外国籍の相続人では、必要な証明書が異なることがあると理解しておきましょう。
11.海外に相続人がいる場合、何から準備すればよい?
海外在住の相続人がいる場合、国内だけの相続手続より時間がかかることがあります。
特に、署名証明の取得や書類の国際郵送には、余裕を持った日程が必要です。
実際には、次の順番で進めると整理しやすくなります。
① 相続人を確定する
戸籍を収集し、海外在住者を含めた相続人全員を確認します。
② 遺産分割の内容を決める
誰が不動産を取得するのか、預貯金などをどのように分けるのかを協議します。
③ 海外在住者に必要な書類を確認する
署名証明だけでよいのか、在留証明も必要なのかを確認します。
④ 遺産分割協議書を作成する
在外公館での署名証明に適した形式で書類を準備します。
⑤ 海外在住者が証明書を取得する
必要に応じて大使館・総領事館などで手続を行います。
⑥ 書類を日本へ返送する
証明書と遺産分割協議書を確認し、相続登記の申請へ進みます。
最初に必要書類を整理しておくことで、海外との書類のやり取りを減らすことができます。
12.海外に住んでいても、相続登記の義務化の対象です
2024年4月1日から、相続登記の申請が義務化されました。
海外に住んでいるからといって、日本国内の不動産について相続登記の義務がなくなるわけではありません。
法務省も、外国人や海外居住者が日本国内の不動産を相続した場合、相続登記の申請義務化の対象になると案内しています。
相続によって不動産を取得したことを知った場合には、原則として、相続の開始と所有権取得を知った日から3年以内に相続登記を申請する必要があります。
また、2024年4月1日より前の相続についても義務化の対象となっており、2027年3月31日が重要な期限となる場合があります。
「相続人が海外にいるので、登記を進められない」
と放置するのではなく、必要な書類と手続を早めに確認することが大切です。
まとめ
相続人の一人が海外に住んでいても、遺産分割協議や相続登記を行うことはできます。
海外在住者が必ず日本へ帰国しなければならないわけでもありません。
ただし、日本に住民登録がなく、印鑑証明書を取得できない場合には、通常の国内の相続人とは異なる書類が必要になります。
特に覚えておきたいのは、
署名証明
→ 印鑑証明書の代わりとして利用するもの
在留証明
→ 海外の住所を証明するもの
という違いです。
また、署名証明を取得する場合には、原則として領事の面前で署名する必要があります。
遺産分割協議書を海外へ送る際には、先に署名せず、在外公館へ持参してもらうことを忘れないようにしましょう。
大志法務事務所では、海外在住の相続人がいる場合についても、戸籍の収集、相続関係の確認、遺産分割協議書の作成、必要書類の整理、相続登記まで対応しています。
「兄弟の一人が海外に住んでいる」
「印鑑証明書を取得できない相続人がいる」
「海外在住の子どもに実家を相続させたい」
という場合には、書類の準備を始める前にご相談ください。
参考情報
法務省「外国に居住しているため印鑑証明書を取得することができない場合の取扱いについて」
法務省「外国人・海外居住者の方の商業・法人登記の手続について」
外務省「在外公館における電子化した証明書の発給開始について」
※制度内容は2026年10月8日時点の公表情報に基づいています。必要書類は国籍、居住国、登記の内容によって異なるため、個別に確認する必要があります。
